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出張おはき゛ろく

Twitterで書ききれないことを書こうと思います。

ポッピンQネタバレ感想 - クソガールのための物語

この文章は、2016年12月23日に公開された劇場用アニメ映画「ポッピンQ」について感じたことを書いたものです。どうしても本編を視聴した上での感想になりますので、ネタバレを忌避される方はお気をつけください。

出来の悪かった冒頭17分映像

正直なところ、ポッピンQを映画館で見るつもりはありませんでした。予告編などで存在は認識していたものの、正直「キツイなー」という感想でしたし、Webで拾える感想も何か反省会じみていて、特に傑出したもののない映画なのかなと勝手に思っていました。
私が映画に期待するのは、何か私の予想や想像を超える、非日常的なものです。例えば2016年では、「シン・ゴジラ」は圧倒的な災害を見せてくれましたし、「この世界の片隅に」は日常と非日常のゆらぎを丁寧に描いてくれました。新鮮味のない映画にはあまり惹かれないのです。

封切り後になって、ポッピンQの冒頭約17分の映像がYoutubeで公開されました。
www.youtube.com
これもなかなか厳しいものでした。冒頭から意味ありげに息を切らせて走っている少女も、そのカメラの先にある港も、それ自体に意味はありません。全くの無駄カットです。親子喧嘩のシーンの方言指導も、そもそも会話の不自然さもひどいものです。この調子が95分続くのか……と思うと、これは相当打ちのめされたいときに観る映画だなと思いました。

余談ですが、私はいわゆるクソ映画にも好事家です。「進撃の巨人」も前後編ちゃんと見て、後編のどうしようもなさに憤慨しました。2016年はクソ映画が不作でちょっとさびしいものがありました。「テラフォーマーズ」なんてまぁまぁちゃんとしてましたよ。
クソ映画と私の求める映画像は薄皮一枚の差という感覚があります。例えば「KING OF PRISM by PrettyRhythm」なんて、一歩間違えばクソ映画になりかねないと思うのですが、圧倒的な熱量とドライブ感で突破してしまっているので新鮮な映画体験になっていると思いました。

というわけで、前述のYoutubeの動画は、奇しくも私とポッピンQを繋げてしまったのです。

クソガールたちの物語

冒頭17分映像から理解できることを改めて考えてみましょう。

まず主人公であるいすみ。17分映像から読み取れる内容はこんな感じです。

  • 親子仲は悪い。
  • 陸上部だが、部員と確執があるらしく態度が悪い。
  • 堂々と陰口を叩かれるくらい嫌われている。というかすれ違った部員から挨拶すらされない。
  • なんなら健気に構ってくれる後輩に対しても態度が悪い。
  • 波止場で叫ぶ
  • 卒業式をすっぽかして反対方向行きの電車に乗る。

ここまで考えて気付きました。こいつクソガール*1ですね!ここまで堂々と嫌われてる主人公なんてすごいですよ!牛乳パックのラッパ飲みもクソガール度高い!

他の面々も考えてみましょう。

あおい

  • 寄せ書きに参加しない。(めんどくさい)
  • 紙飛行機の不法投棄。

さき

  • 公園の遊具の内側(見えないところで!)にひたすらヤバイ落書きをする。
  • 保護者から完全に近づいてはいけない人扱いされている。

こなつ

  • ピアノコンクールの出番をすっぽかす。

あさひ

  • 柔道と合気道の間で揺らいでいる。
  • おしゃれに目覚めている。

あさひ以外見事にクソガールです。やらかしている面々が集っています。逆になんであさひだけまともなんだ……。

主要キャラがクソガールというのは重要なポイントで、こいつらはクソガールなのでプリキュアにはなれないんですよ。プリキュアには一貫した精神があって、それは大体「諦めずに夢を追い続ければ女の子は誰でもプリキュアになれる=全ての夢は叶う」だと思っています。それに引き換えこいつら全員目の前の事実から逃げ出したいわけですからね。
言い換えれば、ポッピンQはプリキュアになれないクソガールたちの物語なわけです。そういう視点を踏まえると、ポッピンQは俄然面白くなってきます。この物語は純粋な女の子たちがキャッキャウフフするアニメにはなり得ないのです。ほぼ全員クソガールだから!ちゃんとそういう目で観ましょう。

クソガールを動かすためのご都合主義

物語は基本的にご都合主義で進んでいきます。ここは正直、アニメの文法とか魔法少女の文法とか色々なものが散らかっていて素直な展開とは言い難いものがあります。でもいいじゃあないですか。クソガールにまともに試練を与えたら挫折しますよ。プリキュアじゃあないんだから。クソガールにやさしい物語なんですよこれは。クソガールとクソガールの同位体のクソポッピン族のダンスを死んだ目で見ていればいいんですよ。心配なら、事前にトライブクルクルを全話見てダンスに免疫を付けましょう。

クソガールが本音を曝け出したらマブダチじゃい!

作中、クソガールが仲良くなるための最大の通過儀礼があります。それは「お互いの本音を知ること」。
作中での本音はズバリ「正直あんな世界に戻りたくないわー」でした。この辺クソガールらしさが炸裂していてとても良いと思います。クソガール同士で本音を曝け出してしまったら、もうそこからはマブダチですよ。ここから先はもう4人での喧嘩はなくなります。更にここまで孤立していたさきについても、実はもっと先に「あの世界に戻る気はない」という本音を曝け出していたわけですよ。つまりあいつもマブダチじゃい!
目的がはっきりしたので、ここから物語はドライブし始めます。こまけぇこたぁいいんだよ!冒頭17分の退屈な展開はなんだったのかと思うくらいです。

クソガールを倒して一歩先へ

クソガールの物語なので、ラスボスも当然クソガールです。なんやかんやあってあさひの脇固めで倒します。もうよくわかんなくなってて最高です(一応そこまでのロジックはちゃんとしてますが、その後のロジックはよくわかりません)。
クソガールを倒したいすみたちは、あんなクソガールにならないようにがんばっていきましょうという雰囲気で卒業式を迎える覚悟をするのです。なんかこの辺ちゃんとしてるんですよね。
ただいすみの精神的成長については、物語の構成上「あたし本気出したらアンタ超えてるからマジで」的な要素も感じてしまいますね。むしろそう思ってて欲しい。クソガールのままでいて。

終わりに

主人公がクソガールであるという前提で観ると、ポッピンQはかなり面白いという感想でした。もちろん色んな見方はあると思いますが、個人的にはかなり腑に落ちています。
ただ、主人公がクソガールという物語の需要がどこにあるのかという感じはします。更にはクソガールがほぼクソガールのまま自己肯定する物語になっていて、あんまり説教要素がないのです。普通の万人受けするシナリオであれば、もっといすみが大きく変化して終わるようにすると思います。どっちつかずな感じで終わるんですよね。
そういったところも含めて残念なところはあって、制作側がもうちょっとこのアニメの売りはなんなのかを自覚できていれば、もう少し熱量のある作品になったのではという気がします。

ただ、このクソガールたちが一挙に集結する高校生編は間違いなく面白くなるので、スベったギャグみたいになかったことにしないでちゃんと作って欲しいですね。